37「悪魔の器具事件」

2.20.tue./2007

最近特に“できごと”起こらず、このHP開設前まで発行していた墨丸会員向け会報誌「墨丸亭綺譚」(通称「墨丸新聞」)より、抜粋再掲載してお茶を濁そうかと。
で今回は、92年初夏号(其の三十九)より。題して『悪魔の器具事件』をご紹介・・・

★ダンディ・カット

去年の秋、仕事終えての疲れ果てた我輩、深夜の居酒屋でボンヤリとテレビ画面ながめつつ酒を呑んでいた。
と、音声だけがまともな、室内アンテナゆえノイズだらけの画面に見え隠れし始めたのは、そして五臓六腑によどんだアルコールを吹き飛ばすごとく目に飛び込んできたのは、テレビショッピングのとある商品。
その名も、自分で出来る『ダンディカット』

そう、散髪したてのさわやかなヘアスタイルをキープできる(!)という、電動式「自分専用理髪アイテム」なるものであった。
これこそ、我が人生必須のアイテムではないか?

気の長い人間は釣りには向かないというが、我輩ジッとしてるのが大の苦手。
釣りはもとより、ドライブ(美人の話し相手が要る)、湯船のなか(面白本が要る)、ダラダラ続く会議(落書き用紙が要る)、そしてなによりも数ヶ月に一度は行かねばならぬ散髪(本来、月に一度でしょうが)というものが、大っ嫌いなのだ。
ゆえに髪を伸ばしまくろうとしたこと十数回。
が、首筋に毛がふれ始めるとその不快感に負けての渋々の散髪行。ある種潔癖症との、ああジレンマの長き年月。で我輩、たまに散髪するとすぐわかる。
お客サン「アッ、散髪してる!」
我輩「あ、カツラ、忘れた」が常套句。

その理髪店。
ラジオから常に流れる、我輩にとっては意味不明な競馬中継に思考さえぎられ、かつメガネはずされてにじんでみえる店内空間・・・。
そんな不快で退屈な密室で、見知らぬオッサンにいじりまわされる我が顔面、頭部。
そのおぞましくも退屈極まりない小一時間はまさに現代社会の隠れた拷問部屋・・・。
そこに、この「ダンディカット」の登場なのである。

「大将、メモとペン貸して!」
「スミちゃん、アレ買うンでっか?試してよかったら私にも教えてくださいよ」

★手動式で

・・・そうだった。
はるか昔、雑貨屋でみつけたカミソリ刃を仕込んだ、自分で髪をカットする簡易型散髪小道具がかつて手元にあったのだった。
風呂場で意気揚々と伸びきった髪にそれをあてると、バサ!
思いもよらぬほどの髪の毛の束そぎ落とし、「ギャッ!」
で、ああでもないと、またもや「ギャッ!」
こうでもないと、はたまた「ギャッ!」
風呂場のコンクリートの上で身も心も冷え切っていった、という苦い経験があったのだった・・・。

テレビショッピングの電話番号メモ、カバンの奥底深くしまいつつ我輩は悩む。
手動で「ギャッ!」ならば電動ならばどういう事態が待ち受けてるのかしらん?
しかし、あの手動バリカン事件からはや20数年。
文明もはるかに進歩し、口のうまいテレビショッピングの解説者によれば、毛先用カートリッジなるもので切り過ぎ心配ご無用、らしいンだが(ウ〜ム。ということはその種の器具の「切り過ぎ」は我輩だけではなかった?)、一度心に受けたトラウマから容易に立ち直れぬまま、う〜む、う〜むと思案し続け年が明けて・・・

★セルフヘアーカッター

そんな或る日、仕入れに立ち寄ったダイエーDマートで再会してしまった。
「セルフヘアーカッター」なるモノに。
どこ製かもわからぬ「ダンディカット」よりも安く、特価5,470円。
大衆理容代金3回分で一生使えるではないか?それも名門ナショナル製。
そう、この日、「特価」は「トラウマ」を超えてしまったのだった。

しかし持ち帰って興奮さめやるとあのトラウマふたたび頭をもたげ、梱包解くに至らずでしばし。
と、思いついたのが我が末っ子の存在。
彼は常々ハサミで自分の髪をカットしているのだ。
それも紙バサミで。
もちろん誰が見ても素人カットのボッサボッサ・ヘアスタイル。
きやつなら喜んでこの「セルフヘアーカッター」なるもの使ってみるのではないか?
で、「君のために買ってきてやった」と、その優秀なる機能(ようわからんが)説明してやるが、敵もさる者。イヤな予感したのか、もう我輩の言葉信じぬ経験積んだのか、なぜか手付かずのままに・・・。

★悪魔の器具、だった

が、2月の或る日突然、彼の叫び声が。
「ど〜しょ!ど〜しょ!」
部屋に飛び込んできた彼のその頭をみた我輩、「ギャッ!」
それはそれは異様な、アマゾン原住民カットともいうべき頭。
頭のてっぺんにしか毛が残っていないのだった。
とうとう使ってしまったのだ・・・。

「どうにかして!」といわれつつ、初めて手にする「ヘアーカッター」のそのスイッチ、恐る恐るオンしてその頭にむかうが、ウ〜ム、これはどうしようもないではないか。
「・・・坊主にするしかないで」

それ以来、我輩はその「悪魔の器具」を手にしていない・・・。
※売ります。半額で。

07年2月現在、「悪魔の器具」は売れぬまま行方不明に・・・。
なお会報文中にはその異様なヘアースタイル写真が掲載されているが、末っ子の名誉の観点からあえて今回削除。

★「今夜の名言!」

・エイズに冒された少年の映画「マイ・フレンド・メモリー」より
「ママは野菜を食べろって」
「ボクはキャンディを食べてるけど丈夫だぜ」

・フランスの格言より
「母の愛が一番。二番目が犬の愛。三番目は愛人の愛」
(・・・妻の愛がないのがスゴイ)

・浅田次郎「天国までの100マイル」より2点
「やさしい。粘り強い。愚痴を言わない。いつも相手の気持ちを考える。短気だけど、感情が顔に出ない。それに、こうと決めたらとことんやる」
安男はしばらくの間、母の言葉を考えねばならなかった。たしかにそれらは自分の性格の長所かもしれない。だが、裏を返せば優柔不断、頑固者、口ベタ、短気だが気が小さい、ということである。

「だって、愛されることは幸せじゃないけど、愛することって、幸せだもんね。毎日、うきうきするもんね」

・モト冬樹の名言
「ボクは、羊の皮をかぶった羊です」

★「今夜の迷言!」(墨丸店内で)

♂「洗顔フォームで歯を磨いてしまった」
♂「洗顔フォームってなんや?」

♂「クリントン大統領にも「プライベート・ライアン」みせなあかんワ。みたらゼッタイ戦争せえへんワ」

シルバー色の制服ジャンパーを着た我輩をみたお客サンいわく
♀「アッ!パチンコ玉が座ってる!」

カウンターの植木をみて
♀「これって、幸福の木?」
♂「不幸の木・・・」
♂「なまいき・・・」

以下、ワケのわからん迷セリフ(だけど印象に残った)4点
♂「スキはスキでも、すき間のスキ」

♂「天体望遠鏡じゃない!お前のは変態望遠鏡じゃ!」

♂「ボクのは、アズキ相場的恋愛です・・・」

♀「コロナのライム、ビンに押し込んだら指抜けなくなっちゃったぁ〜!」

★「今夜の本!」

「Y」(佐藤正午/角川春樹事務所)
自分の不注意から女の一生を狂わせ、その悔恨を引きずり続けている中年男がいる。或る日、男は点けたはずのタバコの火が消えているのに気づく。似たような出来事が続き、男は知る。タバコの火を点ける寸前まで、自分がタイムスリップしていたことを・・・。
あの時こうしていたら・・・という思いは誰しも一度はあることだろうが、この物語はその運命の分かれ道まで戻れることのできた男の半生が描かれている。そして、女性への一目ぼれなどしょせんこんなモンだとも改めて思い知らしめてくれる作品でもある。ふふふ。
作中でも紹介されている、43歳の男が18歳の時代にタイムスリップしてしまうケン・グリムウッドの「リプレイ」(新潮文庫)に、男の友情を加味した傑作。評価5/5。

★PS

会報誌について。
その墨丸会員向け会報誌「墨丸亭綺譚」は93年夏からスタート。
イベントのお知らせ、我輩行きつけの飲食店の紹介、会員インタビュー、今回紹介の店内での名セリフや迷言集、本や映画の評価などを掲載した、ワープロづくりの会報誌。会員数が七百名を越え、コピー代に郵送代を加えると発行ままならずとなった02年夏に休刊となった代物であります。

「悪魔の器具事件」完

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